ストレスで髪の毛を抜いてしまう「抜毛癖」 私が実際に取り組んだ三つの改善法

私は高校時代、思春期をこじらせ勉強もせずに遊んでばかりいました。成績はみるみる下降し、あっという間におちこぼれました。高校3年の夏に受けたセンター試験の模試はひどいもので800点満点中300点台。

私の家は医者家系ではないのですが、自分が小児喘息だったこともあり将来は医者になりたいと思っていました。高校3年の時、父親が大怪我をしたことがきっかけに「やる気スイッチ」が入りました。毎日猛烈に勉強しました。眠気に負けないように手の甲に針を指して勉強をした日もあります。

自分を極限まで追い込んで勉強、と言えばかっこよく聞こえるかもしれません。

でも実際、やりすぎは良くありません。私は過度のストレスで髪の毛を抜く癖がつきました。トリコチロマニア(抜毛症)というやつです。

トリコチロマニアとは、無意識もしくは衝動的に髪の毛を抜くことで起きる脱毛症で、小学生までの女の子に多いとされています。

私の場合、机に座り問題集と向き合って10時間以上過ごす中で、ストレスから髪の毛をいじってしまうようになりました。

そして、気がつけば髪の毛を抜いてしまうようになりました。

しばらくは、右の前髪付近だけ毛が薄くなっていました。

医者になってから本気でトリコチロマニアを治そうと取り組みました。その結果、完治はしなかったものの症状は改善しました。髪の毛をいじる癖は直っていませんが、ハゲるまで毛を抜くことはなくなりました。

体に悪いこと、健康に悪いことを続けてしまう原因のひとつは、その行為になんらかの快楽が伴うからです。

たとえば、アトピーの患者さんの多くは体をひっかくことは肌に悪いと自覚しています。それでもかくと気持ちいいし、血が出るまでかきむしった後は罪悪感が残ります。

トリコチロマニアも毛を抜くのが気持ちいいのです。症状がひどかったときの私は毛が抜けることに快楽を感じていました。

皮膚病の原因となる自傷行為はやっかいなものです。癖になってしまったものを治すには時間がかかります。

今回は「皮膚に悪い癖を治すため」に私が取り組んだのは3つの対策について紹介します。トリコチロマニアの方は少ないかもしれませんが、アトピーのお子さんをもつ保護者の方々にお役に立てば幸いです。

1. 罪悪感が残る言葉を使わない

トリコチロマニアがひどい時、「髪の毛を抜いちゃだめ」と家族を含めいろんな方に言われましたが、その注意が役に立ったことはありません。同じように、アトピーのお子さんに「かいちゃだめ」と言うのは効果がないと思っています。かいちゃいけないのは自分でよく理解している場合の方が多いのです。私も髪の毛を抜いちゃいけないのは自分でよくわかってます。だめなことをしているのは十分理解しているところに「やっちゃだめ」と注意するのは、実際にやってしまった後の罪悪感を強めるだけです。罪悪感が強くなっただけでは、癖は治りませんし、罪悪感が強くなればストレスはより強くなります。本人がその癖を気がついていないのならば、「いま触ってたよ」と声をかけるだけで十分です。

2. 他の癖に置き換える

髪の毛を抜きたいと思ったとき、それ以上の気持ち良さを感じる癖を身につければ悪い癖は直ります。例えば私の場合、髪の毛を抜く癖をペン回しに置き換えました。髪の毛を抜きはじめたら、気がついた瞬間からペン回しの練習をします。ペンを落として周りに迷惑をかけたりもするのですが、ペン回しに熱中すると髪の毛を抜きたい欲求が収まります。おかげでペン回しは数パターンできます。(医者として全然役にたたない特技です!)

ペン回しはさすがにちょっという方には、触り心地の良いクッションやぬいぐるみを用意するという手もあります。手頃な価格のビーズクッションや緩衝材のプチプチを繰り返し遊べる玩具もあります。とにかく一定の時間だけ両手が塞がればよいのです。なるべく楽しめるものを見つけましょう。

お子さんがアトピーの場合、かき始めたら両手を握って一緒に歌って踊ることをおすすめしています。「かいちゃだめ!」と叱るのではなく、両手をつないで踊ってみてください。ミュージカルのように大げさに踊ると大人もけっこう楽しいですよ。

3. できないものとして最悪を避ける

やってみるとわかりますが、癖を置き換えるのはなかなか難しいことです。健康被害の少ない新しい癖のほうが楽しい、となればいいのですがそうは簡単にいきません。

私のトリコチロマニアの場合、毛を抜くのはなんとしてもやめたいのですが、この癖がなかなか治らなかったので「髪の毛を触るのはOK」としました。

アトピーの方の場合は、爪でひっかいて傷になってしまうことだけは避けたい。傷ができると感染源になりますし、治るまで時間がかかります。なので、かきむしってもよいように爪は必ず切っておく。かき始めてしまったら、かいても良い時間を決めておく。かくときはなるべく皮膚を傷つけないようにゆびの腹でかく、などある程度は許してあげたほうがよい場合もあります。できないものと想定して最悪を避けるように工夫します。

まとめ

今回はトリコチロマニアを治すため自分が実践した具体的な行動を紹介しました。髪の毛を抜いてしまうトリコチロマニア以外にも、円形脱毛症やその他の病気で毛が薄くなることがあります。毛が薄くなったと感じたら、まずは皮膚科へ受診しましょう。

また、生活習慣病のように、皮膚病を引き起こす悪い癖というものがあります。癖を治すのはとても難しく、トリコチロマニアも症状が強い場合は専門家の指導が必要ですし、薬物療法が適応となる場合もあります。日常生活の工夫で対応できる程度であればよいのですが、生活に支障が出るほどの悪い癖である場合は、心療内科の医師に相談することをおすすめします。

この記事はAERA dot. 2019年8月2日に掲載された記事です。

*「心にしみる皮膚の話」はAERA dot.に連載された人気記事以外にも、書き下ろしのエピソードを加えた優しい本です。まだ読んでない方はぜひ。

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